砂漠の古代文明の国・エジプト Part2 訪問したピラミッド

エジプトに行った、となればやはり誰もが頭に浮かべるのはピラミッドだろう。この記事では今回のエジプト訪問で見ることができたピラミッドを紹介する。

今回巡ったピラミッドは、1979年、「メンフィスとその墓地遺跡、ギザからダハシュールまでのピラミッド地帯」の名称で世界遺産に登録されている。まずエジプトの代名詞的存在のギザの三大ピラミッド、そして郊外に移動してダハシュールの赤のピラミッドと屈折ピラミッド、最後にサッカラにある階段ピラミッドである。

エジプトには140ほどのピラミッドが発見されているのだが、今回見た6つのピラミッドをみると、ピラミッド建築の変遷をなんとなくたどる事ができる。

ギザの3ピラミッド

ギザのピラミッドはピラミッドの技術が固まってきた後期のピラミッドである。と言っても建造されたのは紀元前2500年頃。4500年という想像もつかないような昔からこの場所に鎮座している。

右から第1ピラミッド、第2ピラミッド、第3ピラミッド。それぞれクフ王、カフラー王、メンカウラー王のピラミッドと言われているが、実は所有者がはっきりとわかっているのは第1ピラミッドのクフ王のみ。
第3ピラミッドの前にある小さな3つのピラミッドは王妃たちのものだと言われている。

ピラミッドを背景に岩場で休むカワラバト。日本でも公園などそこらじゅうにいる鳩で、亜寒帯の北海道でも、ヨーロッパの街でも、熱帯のシンガポールでも、世界中どこでも見られる鳩なのだが、実はアフリカ北部が原産の鳩。伝書鳩や食用として世界各地へ移入された。

第一ピラミッドは内部も見学。

狭い通路を進んでいく、幅は大人一人が歩ける程度なのだが、行きも帰りも同じ通路を通るので譲り合いながら進む。ところどころはしごを登ったり、膝をついて進まないといけないくらいしか高さがない場所があり、かなり過酷な環境。

すれ違うさまざまな国からの観光客同士で励まし合いながら進んでいく。
以前訪れた山形県の山寺の参道もこんな感じだったなと思いながら。

ひたすら登ってたどり着いたのはこの玄室。おそらくクフ王のミイラがあったと言われている石棺があるのだが、発見当時すでにもぬけの殻だったようだ。

玄室ではスタッフと思われるエジプシャンに「お前一人か?写真撮ってやるよ!」みたいに声をかけてきて、これチップ請求されるやつか…と思っていたら普通に写真撮ってくれただけだった。エジプト人にビビりすぎてたようだ。

もちろん、ピラミッドの周りには観光客にしつこく声をかける物売りなどがいるのはよく知られている通り。だいたい「◯個で1000円」みたいな感じでカタコトの日本で話しかけてくる。買う気がなければスルー。同じツアーに参加してた方は、『1000円ならバラマキ用のお土産これでいいじゃん』と言っても買ってる方もいた。言われてみればそれもありなのかも。

話をピラミッドに戻そう。ピラミッドの内部は乾燥したエジプトの空気とは打って変わって、もわっと蒸し暑い。額からは大粒の汗が流れ落ちる。

そしてカビ臭い。考古学者たちを苦しめた”ファラオの呪い”は実はカビによる健康被害だったと言われているが、これをもっと濃密にしたような環境だったのだろう。

有名な話だが、ピラミッドの中ではシャープのプラズマクラスターが所狭しと並んで稼働している。全部で10台くらいはあっただろうか。

エジプトの空気は乾燥していて冷たいので、蒸し暑いピラミッドから出てきた時に体が冷えて体調を崩さないようにと事前に現地ガイドから説明されていたが、本当にその通りだった。そしてピラミッドに触れてみたらヒンヤリと冷たかった。

ピラミッド周辺に限ったことではないのだが、エジプトには多くの野犬が生息している。彼らは狂犬病を持っている可能性があり絶対に接触してはいけない。ただ、人の近くで共存している彼らだがお互い不干渉といった感じで、こちらからちょっかいをかけなければ彼らもなんとなく距離を置いて行動してくれる。犬の方から人に寄ってきたりみたいなことはなかった。しつこい物売りより理性的である。
欧米人観光客は平気で餌あげたり触れ合おうとしてる姿を見かけるのだが、狂犬病のことどう思っているのだろうか。

エジプト政府も野犬の狂犬病問題を野放しにしているわけでもなく、ワクチン接種は進めているそうだ。写真の個体も耳にタグが付いているのだが、この子は狂犬病対策済みということになる。

一番小さい第3ピラミッドはメンカウラー王のピラミッド。高さは65.5m。

第3ピラミッドはその側面に大きな穴が空いているのだが、これは盗掘者が内部への侵入を試みた跡だそうだ。残念ながらここまで崩しても入り口は発見できなかった。

よく「エジプトのピラミッドの周りは結構都会的」と言われるのを聞いた事があるだろうか。
事実エジプトの首都でもあり、国土のほとんどを砂漠が占めナイル川沿いに人口が集中しているので、都市の規模で言ったら過密な方だと思う。
が街並みがこんな感じなので、ピラミッドの周りは都会だからガッカリ見たいなことはなかった。
むしろ「これが砂漠の上に建つ都市か」と感動すら覚える。

都市の方から振り向くと絵に描いたような広大な砂漠の景色。

そしてこちらも有名なスフィンクス、第2ピラミッドの前あたりにある。

”スフィンクスの目線の先にはケンタッキーフライドチキンがある”というのは有名な話だが、スフィンクス側から見ると1階のKFCより2階にあるピザハットの方がわかりやすかったりする。
スフィンクスはジャンクフードの誘惑と闘いながら、永遠にこの場所から動く事ができないというあまりに酷すぎる呪いを背負っている。

今回のエジプト訪問で私が一番衝撃的だったことは、スフィンクスには立派な尻尾が生えているということ。今までスフィンクスに持っていた崇高なイメージは全て打ち砕かれ、可愛い猫ちゃんにしか見えなくなるという呪いをかけられてしまった。

ダハシュールのピラミッド

エジプトのピラミッドとして有名なのがギザの三大ピラミッドだが、今回利用したツアーのオプションに、サッカラとダハシュールにある個性的なピラミッドを回るツアーがあり、見ない手はないということで参加してきた。

サッカラ・ダハシュールはカイロからは30kmほどと日帰りできる距離にあり、ギザのピラミッドと併せて観光する人の多い王道ルート。これから見にいくピラミッドは、ギザのよくある四角錐のピラミッドに至るまでの初期のもの。

ダハシュールでは訪問時、エジプト考古学で有名な早稲田大学の吉村作治先生がちょうど発掘調査を行なっていたそうだ。この翌日訪れた文明博物館のバックヤードには、ほんの数日前に吉村先生のチームから送られてきてまだ開封しただけという状態の発掘物もあった。

初期のピラミッドの一つ。途中で角度が変わるのがあまりにも印象的な”屈折ピラミッド”。
建設途中で設計変更になって軌道修正した結果このような姿になった。設計変更せざるを得なくなった理由についてははっきりと分かってはいない。化粧石が多く残存している。

崩落している化粧石を支える支柱。

内部にも入場できるのだが、今回のツアーでは外観の見学のみ。
古代遺跡に組まれた足場がインディージョーンズ感を醸し出している。

振り返ると砂漠の向こう側には”赤のピラミッド”が見えている。

赤のピラミッドと言われているのは、赤みを帯びた石灰岩を化粧石に用いていたため建造当初は本当に赤かったから。脆い石灰岩は風化して現在は崩れ去ってしまったので、普通の砂色のピラミッドになってしまっている。と現地ガイドに案内されていたが、帰国してから改めて情報を調べていると”化粧石は他のピラミッド同様白色で、それが崩落したことによってピラミッド本体の赤色が見えるようになった”という記述が多くどっちが本当なのかはよくわからない。

エジプトのピラミッドといえば正四角錐の真正ピラミッドをイメージする思うが、この赤のピラミッドこそが現存する最古の真正ピラミッドだと言われている。

側面には崩落したと思われる土砂が積もっている。
屈折ピラミッドも赤のピラミッドもクフ王の父であるスネフェル王により建造された。

ダハシュールからさらに南下したところに、屈折ピラミッドよりもう一段階古いメイドゥムの崩れピラミッドがあるのだが、今回は見学できなかった。

最古のピラミッド

最後に紹介するのが、サッカラにある階段ピラミッド。
紀元前27世紀ごろにジェゼル王によって建造されたもの。

車のセキュリティを抜けてチケット売り場の前にあるウナス王の河岸神殿。

階段状のピラミッドが最古のピラミッドだとされている。階段状のピラミッドといえば中央南アメリカの文明の神殿の方がイメージが強いと思われるが、こちらの階段ピラミッドは初めからこのデザインで建てる予定ではなかった。

最古のピラミッドと言われているが、実は古代エジプト初期のマスタバという墓と後期のピラミッドのどちらの要素を持つ橋渡し的な存在。マスタバはベンチという意味で、地下に玄室を作り、その上に蓋をするようにベンチ状の墳墓を建てるというもの。

元々マスタバとして建造されたのだが、マスタバを積み重ねるかのように増改築を繰り返していって最終的に6層の階段状に行き着いた。

マスタバは日干しレンガで作るのがまだ一般的だった時代に石造りで建造されたというのも含めて、後の世のピラミッドに繋がる転換点的建造物なのである。

建築を担当したイムホテップは、宰相でもあり神官でもあり医者でもある超マルチプレイヤーなのだが、この階段ピラミッドによって建築家としての名も大いに売れ、死後には「知恵、医術と魔法の神」として神格化されることになる。

内部の通路はやはり天井がかなり低い。関東在住の方なら、JR上野駅の通路の天井が低いアレと言ったらなんとなく雰囲気が伝わるだろうか。

墓としての構造自体はマスタバ式なので、玄室は地下深くにある。高所恐怖症だが、勇気を出してのぞいてみる。

ギザのピラミッドと同じく物売りやラクダ飼いのおじさんが商売している。興味がなければ無視。

崩壊しているウセルカフ王のピラミッド。
まだ後世まで姿を留めていられるピラミッドを作る技術が発展していなかったという事だろうか。

エジプトの田舎の風景

サッカラ・ダハシュールはカイロから離れた田舎の方にあるので、行き帰りの道中には都会のカイロとは違った素朴なアフリカといった光景に巡り会えた。

川には所々このような手漕ぎの小さなボートが浮かんでいる。たまにこんなボートに乗って釣りをしているエジプト人を見かけるのだが、これは商業としての漁をしているのか、趣味を楽しんでいるだけなのか…。あと恐ろしくゴミが多い。

エジプトの鳩小屋

エジプトは昔から鳩を食べていたというが、この塔のような構造物はまさに鳩小屋じゃないだろうか。しかもよく見ると塔のてっぺんには鳩が自分の家を誇示するように止まっている。

ナツメヤシと田んぼの農村の風景。荷物を運ぶのは自動車ではなく、ロバ車といった素朴な世界。

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